ウォレットではなく『NFTがトークンを保有』する時代|ERC-6551の実態と事例を概観しつつ、NFTの拡張可能性などについて考察

今回は、NFT(ERC-721)を「独自のスマートコントラクトアカウント」として活用できるEthereum標準規格「ERC-6551」について解説します。

最近、Blockworksから「Funding Wrap: Investors bet on NFT turnaround」という記事が出され、NFT新興企業への投資動向が論じられました。

2021年に巻き起こったNFTブームから始まったサイクルが一段落し、あらためてNFT分野への投資が集まり始めているのが現在かと思いますが、今回はそんなNFT(ERC-721)の可能性を拡大すると期待される「ERC-6551」に焦点を当てていきます。

今回ご紹介する「ERC-6551」は、上図のようにウォレットではなく「NFTがトークンを保有すること」を可能にする規格です。

詳細は後述しますが、大まかに言うとこの規格は「チェーンの抽象化」を実現すると同時に、トークン(FT/NFT)のエアドロップ後の即時売却を防いだり、マスアダプションの障壁の一つとも言われているウォレットのUX問題解決にも寄与すると期待されています。

「ERC-6551」自体は、2023年5月にEthereumメインネット上で初めて公開されていますが、そこから半年近く経った現在では事例も増えてきたため、このタイミングでの記事執筆に至った次第です。

各所でNFTの再建に取り組む動きが増えてきましたが、新たなユースケース創出や拡張性を持たせるために、このような規格を採用できないか検討してみると良いのではないかと思います。

ということで本記事では、「ERC-6551」の概要や特徴、具体的なユースケースやその事例などについて解説しつつ、今後の発展可能性や実装検討時における注意点などについて、筆者の私見を交えながら考察していきたいと思います。

でははじめに、この記事の構成について説明します。

STEP
「ERC-6551」とは

まずは、「ERC-6551」の概要や特徴を大まかに解説し、どのような場面で用いられる規格なのかについて解説すると同時に、その周辺情報についても網羅的に記載していきます。

STEP
ERC-6551を採用した事例やユースケースを紹介

続いて、ERC-6551を採用した事例やユースケースを紹介しながら、既存NFTコレクションに対して具体的にどのようにERC-6551を活用すれば良いのかについて考えていきます。

STEP
筆者の論考・考察

最後に、ERC-6551の特徴や可能性をさらに深掘りするために、PhiやOKPCと似ているという話や、SBTとの関係性、ERC-4337(アカウントの抽象化)との関連性、実装を検討する際の注意点などを中心に、筆者の私見を交えながら考察します。

本記事が、「ERC-6551」やそれに関する付随情報などについて理解したいと思われている方にとって、少しでもお役に立てれば幸いです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的または投資上のアドバイスとして解釈されることを意図したものではなく、また解釈されるべきではありません。ゆえに、特定のFT/NFTの購入を推奨するものではございませんので、あくまで勉強の一環としてご活用ください。

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目次

「ERC-6551」とは

概要

出典:ERC-6551: The NFT Game-Changer 🎆

ERC-6551は、NFT(ERC-721)を「独自のスマートコントラクトアカウント」として運用できるようにするEthereum標準規格で、NFTの汎用性と機能性を大幅に強化します。

この規格の要点を簡潔に説明すると、「NFTにウォレットの機能を持たせて、NFT自体がトークンを保有できるようにする」ということです。これにより、ウォレットではなくNFT自体がアセットを管理する形を実現してくれるのです。

「NFT as a wallet」と言われたりします。

具体的には、NFTにスマートコントラクトウォレットを割り当てて、トークンバウンドアカウント(TBA)を付与することで、「NFTがトークンを保有する」という動作が可能になります。つまり、ERC-6551を利用することで、NFTをウォレットとして機能させることができるわけです。

これによって、NFTの転送時にそのNFTに紐づく全アセットも一緒に移動するため、ブロックチェーンゲームでのアイテムNFTやゲーム通貨FTの管理、NFTとFTのパッケージ化など、これまでにない応用が期待されています。

出典:ERC6551 is the future

また、上画像にある通り、EthereumやMCH Verseなど異なるブロックチェーンごとにTBAを設定できるため、新しいユースケースの実現も期待されています。(※ 詳細は後述します)

このように、ERC-6551はNFTの新たな実用性と機能性を拓く可能性を秘めていますが、その優れた点については次節で詳しく見ていきます。

ERC-6551が優れている点

出典:twitter.com/galverseNFT/status/1691246591779516416

ERC-6551の素晴らしい点は、『既にデプロイ済みのNFTとの下位互換性があること』です。

つまり、『ERC-6551に対応するために、既存のNFTコレクションを新たに作り直したり、Wrapしたり、ステーキングする必要がないのです。

この特性の素晴らしさは、例えば2022年11月に発生した「OpenSeaのオンチェーン・ロイヤリティ騒動」を振り返ると明確になります。

この騒動では、NFTの二次流通時のロイヤリティ支払いをオンチェーンで強制することが提案されましたが、それを実現するためには既存NFTのコードの一部を書き直す必要があったため、多くのNFTプロジェクトが困難な判断を迫られました。

特に、その当時、多くの個人クリエイターがOpenSeaを使ってNFTを作成していたため、OpenSeaの動向に注目が集まりましたが、結果的にコードの書き直しを強制することはありませんでした。

この辺りの一連の出来事は、miinさんが記事『いま崩れはじめた「NFTはクリエイターにロイヤリティが還元され続ける」という神話』にまとめてくださっているので、興味がある方はご参考ください。

出典:いま崩れはじめた「NFTはクリエイターにロイヤリティが還元され続ける」という神話|miin

このように、NFTの仕様変更や機能アップデートには、コードの書き直しが必要なケースが多く、これが採用の課題となっていましたが、ERC-6551による「デプロイ済みの各NFTに対してTBAを付与する」アクションには、そのようなデメリットがないのです。

これは、既にデプロイされているNFTコレクションの拡張・発展に大きなメリットをもたらしますし、新しいユースケースの創出や、ウォレット作成・管理の障壁を減らすことで新規参入層の獲得にも繋がると期待できます。

この辺りの話は最終章でまとめて詳しく述べていきますが、最終章で詳しくまとめますが、ネットワーク効果の観点や一般層への普及という点から見ても非常に興味深い規格であるため、活用事例や今後の発展可能性について知っておくと良いでしょう。

OpenSeaではどのように表示されるのか

出典:opensea.io/assets/ethereum/0x582048c4077a34e7c3799962f1f8c5342a3f4b12/3

では、ERC-6551を採用したNFTコレクションが、実際にOpenSeaではどのように表示されるのかについて見ていきます。

ここでは、次章の事例紹介で取り上げる「Shinsei Galverse」を例にします。

執筆時点では、ERC-6551を採用したNFTコレクションには、上画像の黄色枠線部のようなリュックマークが表示されます。まずは、こちらをクリックしてみます。

すると、「INVENTOR」と書かれた画面が表示され、以下3つのタブが表示されます。

  1. COLLECTIBLES(NFT)
  2. ASSETS(FT)
  3. UPGRADES

このように、Devin Dimensionという「Shinsei Galverse」におけるToken ID = 3のNFTに対して、NFT/FTが紐づけられていることが分かります。

そして、これが先ほど図示したように、walletに紐づいているのではなく、NFTに紐づいている状態を表しています。

そのため、このNFTをOpenSeaなどでトレードすると、NFTに紐づいているFT/NFTも一緒になってトレードされることが、ERC-6551を採用したNFTコレクションの特徴的なポイントと言えます。

歴史|誰がいつ提案したのか

ERC-6551規格は、2023年初旬に提案され、同年5月にEthereumメインネット上で公開されました。

この規格の提案者は、オンチェーンプロダクトスタジオ「FUTURE PRIMITIVE」の、Jayden Windle氏と、Benny Giang氏です。

なお、Benny Giang氏は、NFT(ERC-721)のパイオニア的存在として知られる『CryptoKitties』の創設者でもあります。

現状どのくらい採用されているのか

出典:twitter.com/skyeeverywhere/status/1722928321804312636

2023年11月10日に公開されているカオスマップによると、上写真のようなゲーム、PFP NFTプロジェクトなどで採用されているそうです。

また、執筆時点におけるオンチェーンでの数値としては、以下画像の通り、全EVM互換チェーン上においてアクティブなTBA数は63,302個、TBAを開設しているNFT数は18,294個となっています。

出典:dune.com/sealaunch/erc-6551

以上が、「ERC-6551」の概要や特徴、その成り立ちなどに関する大まかな解説になります。

以上を踏まえて、次章ではERC-6551を採用した事例やユースケースを紹介しながら、既存NFTコレクションに対して具体的にどのようにERC-6551を活用すれば良いのかについて考えていきます。

ERC-6551を採用した事例やユースケースを紹介

本章では、ERC-6551を採用した事例やユースケースとして、以下3つのプロジェクトに焦点を当てて見ていきます。

  1. Shinsei Galverse
  2. Loot Adventure
  3. Parallel

① Shinsei Galverse

出典:galverse.art

Shinsei Galverse(以下、Galverseと称する)は、1980年代から1990年代の昭和時代の日本の少女マンガにインスパイアされたデザインを特徴とする、ジェネラティブNFTコレクションです。

コレクションの名称である「Galverse(ギャルバース)」は、「ギャル」と「メタバース」「ユニバース」を組み合わせた造語で、8,888体のギャルたちが宇宙を冒険しながら銀河系に平和をもたらすというコンセプトを持っています。

そんなGalverseは、2023年8月15日にGalverseはERC-6551対応を発表しました。これにより、各Galverse NFTはアイデンティティとして捉えられ、ERC-6551の採用によって個々のNFTが今まで以上に固有の履歴を積み重ねていくことができると投稿されています。

ERC-6551の採用以前から、Galverseコミュニティを含む2021年以降のPFP NFTカルチャーでは、NFTを中心にアイデンティティを形成する傾向が見られました。

しかし、ERC-721の制限により、『イベント参加記録や他のトークン付与履歴などはオンチェーンとオフチェーンに分散してしまうことが多かった』のが実情です。

NFTに対して記録されているもの、ウォレットに対して記録されているもの、Discordユーザーに対して記録されているものなど、数々の記録データが色んな場所に散らばってしまっていることが、課題となっていたのです。

出典:twitter.com/galverseNFT/status/1691246606056828928

これに対して、ERC-6551を採用することにより、既存のNFTコレクションを単なるコレクターアイテムからダイナミックなアセット(カスタマイズ可能で取引可能なアイテム)へと進化させることが可能になるとしています。

このように、複雑な手順なしで既に作成されたNFTコレクションに対して規格を採用できる点が、ERC-6551の大きな強みです。

② Loot Adventure

出典:twitter.com/Loot_Adventure
  • Webサイト(Coming soon)
  • Twitter

Loot Adventureは、『ブロックチェーン特有の楽しさを追求する』というテーマを持つブロックチェーンゲームあり、相互運用性(Interoperability)、構成可用性(Composability)、収集性(Accumulativeness)の3点を重視することを掲げています。

またその名の通り、ERC-6551をLoot NFTに適用することで、複数のチェーンにTBAを展開するコンセプトとなっています。

出典:ERC6551 is the future

執筆時点においては、「Loot Adventure」のゲーム自体はローンチ前の状態ですが、以下のような体験になると公表されています。

  1. Loot NFTに対してERC-6551を適用し、複数のチェーンにTBA(トークンバウンドアカウント)を展開する
  2. 各チェーンにデプロイされたTBAに対して、装備品NFTやアイテムFTなどを装備することで、Loot NFTが強化される
  3. 強化したキャラクターでゲーム内ダンジョンを探索し、「経験値」としてNFTを獲得し、これらはSBTという形でTBAに蓄積されていく
  4. 強化キャラクターを使ってコロシアムで戦い、FTを稼ぐ

このように、Loot AdventureはマルチチェーンでTBAを展開するため、EVMに対応する全チェーンにおいてNFTプロジェクトやブロックチェーンゲームと連携でき、キャラクター装備としての実用性を提供できるそうです。


出典:market.immutable.com

ちなみに、少し脱線して昔話をすると、これまでのブロックチェーンゲームでは、アイテムや装備品などのNFTが多岐に渡り、その売却や貸し出しには膨大な時間と労力がかかることが課題視されていました。

たとえば、Immutableが提供するトレーディングカードゲーム「Gods Unchained」では、カードやプレイマット、付属アイテムなどが個別のNFTとして存在しており、売買や貸出に一苦労しました。

ここにERC-6551を適用することで、例えば新規ユーザー向けの「スターターパック」を販売することができますし、ゲームプレイに必要なNFTやFTをパッケージ化して一括で送信してあげることで、オンボーディングのプロセスを容易にすることなどが実現できます。このため、ERC-6551はジェネラティブNFTだけでなく、ブロックチェーンゲームにも非常に相性が良いと思われます。


出典:ERC6551 is the future

以上のような背景も踏まえて、Loot Adventureが取り組む「ERC-6551を活用したブロックチェーンゲームの構築」というアイデアは非常にユニークで、大きな可能性を秘めていると感じます。

2024年春頃のローンチに向けて現在開発中とのことなので、「Loot×ERC-6551」のブロックチェーンゲームとして、今後の展開が非常に楽しみです。

③ Parallel

出典:parallel.life

Parallelは、NFTを活用したSFトレーディングカードゲーム(Sci-Fi TCG)を標榜するブロックチェーンゲームです。

2021年10月には、ParadigmやFocus Labs、Yunt Capitalから合計5千万ドルの資金調達を実現し(評価額5億ドル)、最近では「Epic Games Store」でのオープンベータ版リリースを発表し、話題となりました。

Parallelは、AIを活用したLLMゲーム「Colony」の開発も進めています。Colonyでは、プレイヤーのアバター(ERC-721)がダンジョンでアイテムを獲得するシステムで、そこでERC-6551が採用されています。

これにより、プレイヤーは各アバターにERC-6551を用いてウォレット(TBA)を作成し、アバター自身がデジタルアセット(例:ERC-1155, $PRIMEなど)を保有し、他のAIアバターと売買や取引が可能になります。

つまり、ウォレットではなくNFTにデジタルアセットを持たせることができる仕様で、このデータをAIに読み込ませることで「NFTをAIエージェントとして活用する」というユースケースを生み出そうとしています。

これによって、NFTをウォレット化し、オンチェーン情報を蓄積させることで、自律的に動くキャラクターを生み出す可能性があります。

出典:twitter.com/ParallelTCG/status/1678118493084962819

AIにオンチェーン情報を提供することで、物語やビジュアル、NPCを生成する試みは、「Network States」のようなオンチェーンゲームなどでも模索されていますが、ERC-6551の採用によりその進展が加速する可能性があります。


ここで取り上げた以外にも、ERC-6551の活用事例は多岐にわたり、まだ見ぬ新たな可能性も秘めている領域と言えるでしょう。

ERC-6551についてさらに詳しく知りたい方は、以下miinさんのツイートや、本章の末尾に載せている参考資料などをご活用いただければと思います。

最後に次章では、ERC-6551の特徴や可能性をさらに深掘りするために、PhiやOKPCと似ているという話や、SBTとの関係性、ERC-4337(アカウントの抽象化)との関連性、実装を検討する際の注意点などを中心に、マニアックな考察を「定期購読プラン」登録者向けにまとめています。ご興味あればご覧ください。


参考資料:
ERC-6551: Non-fungible Token Bound Accounts
ERC-6551: The NFT Game-Changer 🎆
ERC6551 is the future
【完全保存版】ERC6551とは何か。トークンバウンドアカウントについて学びましょう。
【翻訳】ERC-6551: トークンバウンドアカウントについて
twitter.com/stand_english/status/1657537727603286016
twitter.com/NftPinuts/status/1691705404768870564
twitter.com/galverseNFT/status/1691246591779516416

筆者の論考・考察


この続き: 2,660文字 / 画像7枚

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まとめ

今回は、「ERC-6551」の概要や特徴、具体的なユースケースやその事例などについて解説しつつ、今後の発展可能性や実装検討時における注意点などについて、筆者の私見を交えながら考察しました。

本記事が、「ERC-6551」やそれに関する付随情報などについて理解したいと思われている方にとって、少しでもお役に立ったのであれば幸いです。

また励みになりますので、参考になったという方はぜひTwitterでのシェア・コメントなどしていただけると嬉しいです。

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